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扉の向こう側 過去(5) 2000年12月31日 [小説:扉の向こう側]

 あと五分で二十世紀が終わる。
 私は麻美と明治神宮の参道で、初詣の参拝がはじまるのを待っていた。
 暗い砂利道に長い行列。警察官がハンドマイクで、列に並ぶよう、前の人を押さないよう、繰り返し呼びかけている。
「寒い。凍えるー」
 私たちはコートのポケットに両手を突っ込んで、『押しくらまんじゅう』のように肩をぶつけあった。
 七月、夏がはじまる前に私は一つの恋に自分からピリオドを打った。
 麻美も一ヶ月前に遠距離恋愛の彼と別れたばかり。
 二十五歳のこの決断を、私たちは『リセット』と呼んでいる。
 私は八月三十一日付で三年半勤めた会社を辞め、十月から建築設計事務所で働いている。家電業界から建築業界への転職はやはり勝手が違って、何から何まで先輩に教わっている状態だ。
 恋も仕事も、一からやり直し。もちろん楽なわけじゃないけど、自分の決断に後悔はない。
 大晦日、二十一世紀になる瞬間に一人でいるのは淋しいのでどちらからともなく待ち合わせを決めた。
「鈴は、去年の大晦日はどうしてた?」
「元カレの友だち大勢と飲み屋にいた。気付いたら五分過ぎてた」
「うーん。そりゃなんか行く先を暗示してたね」
「でしょー? なんか気付いたらいつもデートは飲み屋だったし。待ち合わせはパチンコ屋だし」
「最悪。別れて正解」
 ポケットから右手を出して、麻美は親指を下に向ける仕草をして、顔をしかめた。
「麻美は?」
「家にいて紅白見てた。親子三人」
「それも悪くないけど」
「私たち、まだ若いのに」
 麻美は手の甲で涙をぬぐうフリをして、私と一緒に肩をすくめた。
「自分で若いって言うヤツほど、年気にしてんだよな」
 ぼそっと低い囁き声が聞こえた。
 え? 私たちのこと?
 次の瞬間、じゃれて私の肩に額を押し付けていた麻美がさっと後ろを振り返り、声の主らしい男性をきっとにらみつけた。
 限られた灯りの中ではこっちからだと逆光で相手の顔は見えない。眼鏡のレンズが光って、そこが目のある場所だとわかっただけ。
「バッカ、お前、聞こえてんじゃんか」
 隣の男性が、こいつ失礼ですいませんね、とその人の頭を手で押さえて一緒に頭を下げた。
「何すんだよ」「口は災いの元だぞ。気をつけろ」「本当のことしか言ってないだろ」「それが災いの元なんだよ」
と、こそこそもめる声を聞きながら、私たちは正面に向き直った。
「何あれ。感じ悪くない?」
 麻美が眉間に皺を寄せる。
 その時、どこからともなく、十五、十四、と小波のようにカウントダウンの声が周囲に広がり出した。
「十、九、八……」
 私たちも顔を見合わせてそれに合わせて数え出す。
「五、四、三、二、一!」
「あけましておめでとうございまーす」
 私たちは歓声と拍手で新年を祝った。
「二十一世紀もよろしく」
 麻美と握手をした後、冷たく暗い冬の夜空を見上げて祈る。
 私たちの痛みと決断は無意味ではなかったといつか思える日が来ますように。今日という日が明るい未来に続きますように。
「これから参拝をはじめますが、危険ですので走らずゆっくり前に進んでください」
 人の頭の波の向こうで、本殿の入り口の大きな木の扉がゆっくりと開くのが見えた。


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