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扉の向こう側 過去(1) 2005年10月13日 [小説:扉の向こう側]

 久しぶりに朝から空はすっきり晴れ渡っていた。せっかくの三連休の天気が悪かったので、随分長いことこんな青空を見ていなかったような気がする。
 朝一番で、と頼まれていた模型を有楽町のお客様に届けに行った。
 こんな日の外出は散歩気分でそのまま逃亡したくなってしまうのだけど、月曜日が休みだった分短いウィークデイにそんなことをしたら週末出勤は免れない。陽のあたる日比谷公園に心惹かれながら、四谷の事務所に戻ってきた。
 前を歩く男性がガラスの扉を押し開けてビルの中に入った後、扉を押さえたまま後から来る私を少し待ってくれていた。あわてて小走りになり、扉を引き受けて、すみません、と言いながらその顔を見上げた。
「あ」
 知っている顔だった。シルバーフレームのレンズの奥の目が、相手も私を知っていることをはっきりと物語っている。
 だけど確かに知っているはずなのに、すぐには誰だか思い出せない。
 それは相手も同じようだった。二人してバカみたいに口を開けたまま、数秒が過ぎた。
 先に男性の方が申し訳なさそうに切り出した。
「すみません。僕、物覚えが悪いみたいで。恐らくどこかでお会いしていると思うのですが、失念してしまいました。失礼ですがお名前を伺っても?」
「私、中西建築事務所の斉藤 鈴(すず)です。ごめんなさい。私もです。お名前教えていただいてもよろしいでしょうか」
 私は手元のバッグからあわてて名刺を取り出して相手に渡し、頭を下げた。もしかしたら大事なお客様だったかもしれない。後で中西さんに叱られそう。
「ああ、中西さんの……。僕は橋本設計の守屋です」
「守屋様! いつもお世話になっております」
 名刺にある名前と相手の声でハッキリ認識した。うちの事務所の手が足りない時、社長の中西さんが外注で設計をお願いしている方で、時々電話を取り次ぐことがある。聞きかじった話だと、どうやら中西さんの大学の後輩らしかった。
 でも、おかしい。名刺をいただくのは初めてだし、事務所で会った記憶はまったくないのだ。
 シンプルな白い名刺には、橋本設計事務所、一級建築士、守屋孝弘、とあった。
 やっぱり記憶にない。この名前が顔の記憶とまったく結びつかないのだ。
 若年性アルツハイマーかもしれない。いやだなあ。病院行った方がいい?
「中西とお約束ですか? どうぞこちらに」
 かなり長いことその場に立たせたままだということに気付いて、私はあわてて彼をエレベーターの前に案内した。
 ボタンを押すとすぐに扉がゆっくりと開いた。
 その時、実際には扉が開いていく様子を目で見ていながら、頭の中では、映画のフラッシュバックみたいに瞬間的に蘇った記憶を再生していた。
 エレベーターの中。眼鏡。扉が開いて、外に出る。
 思わず守屋さんの顔を見上げた。
 そうだったんだ……。道理で記憶が一致しないはずだ。
 守屋さんも同じように思い至ったらしく、おもしろがる様子で静かに笑っていた。
 その笑い方を見て確信した。
 ああ、この人だ。やっぱり、間違いない。
「ふふっ」
 なんだか急におかしくなって、私もつられて笑い出した。


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